食事と運動だけでは片手落ち?血糖コントロールの「最後の鍵」は睡眠にあり
糖尿病や高血糖の治療において、基本となるのは「食事療法」と「運動療法」です。 この2つを懸命に頑張っている患者様は本当に多く、その努力には頭が下がる思いです。
しかし、診察室では時折、このような悲痛な声をお聞きします。 「甘いものは断った。毎日1万歩歩いている。なのに、なぜ数値(HbA1c)が下がらないのですか?」
もし、あなたも同じ壁にぶつかっているなら、治療の「第3の柱」が抜け落ちている可能性があります。 それは、「睡眠」です。
今回は、姫路駅前内科・糖尿病内科認知症クリニックが、多くの糖尿病患者様が見落としている「睡眠と血糖値」の残酷な真実と、打開策についてお話しします。
1. 睡眠不足は「太る薬」を飲んでいるのと同じ?
「寝る間を惜しんで活動したほうが、カロリーを消費して痩せるのでは?」 そう思うかもしれませんが、医学的には逆効果です。
睡眠時間が短くなると、私たちの脳内では食欲をコントロールするホルモンのバランスが崩壊します。
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ブレーキ役(レプチン)の故障: 満腹中枢を刺激するホルモンが減ってしまう。
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アクセル役(グレリン)の暴走: 「高カロリーなものを食べろ!」と命令するホルモンが増える。
つまり、寝不足の状態とは、「意志の力では抗えないレベルの空腹感」を人工的に作り出しているようなものです。 「食べてはいけない」と頭では分かっていても、体が糖質や脂質を猛烈に欲してしまうのは、あなたの性格のせいではなく、ホルモンバランスの乱れが原因なのです。
2. インスリンの「利き」が悪くなる本当の理由
血糖値を下げる唯一のホルモンである「インスリン」。 睡眠不足は、このインスリンの働きをダイレクトに阻害します。
細胞を「部屋」、インスリンを「ドアを開ける鍵」に例えてみましょう。 通常、インスリンという鍵を使えば、血液中の糖分はスムーズに部屋(細胞)の中へ入っていきます。
しかし、睡眠不足や睡眠の質が悪い状態が続くと、ドアの蝶番(ちょうつがい)が錆びついたような状態になります。 すい臓がいくら鍵(インスリン)をたくさん作っても、ドアが重くて開かず、糖分が部屋に入れないため、血液中にあふれかえってしまいます。
これが「インスリン抵抗性」と呼ばれる状態です。 ある研究では、睡眠不足が続くだけで、糖尿病のない健康な人でも血糖値の処理能力が大幅にダウンすることが分かっています。
3. 「2型糖尿病」と「無呼吸」の切っても切れない関係
ここで、血糖値が下がらない方に必ず知っていただきたいデータがあります。 2型糖尿病患者さんの約3人に1人、あるいは半数近くが「睡眠時無呼吸症候群(SAS)」を合併しているという事実です。
なぜ、これほど高い確率で合併するのでしょうか?
睡眠時無呼吸症候群は、寝ている間に何度も呼吸が止まり、体が酸欠になる病気です。 酸欠は体にとって「生命の危機」です。脳はパニックを起こし、「交感神経」を興奮させ、アドレナリンやコルチゾールといった「血糖値を上げるホルモン」を緊急放出して対抗しようとします。
つまり、SASの患者さんは、寝ている間じゅう、自分で自分の血糖値を上げ続けているのです。 これでは、昼間にいくら節制しても、夜間にプラスマイナスゼロ、あるいはマイナスにされてしまいます。
4. 「眠り」を変えれば、数値は動く
厳しい話が続きましたが、希望もあります。 「睡眠が原因で血糖値が上がっている」ということは、裏を返せば「睡眠を改善すれば、血糖値は下がる余地がある」ということです。
実際、睡眠時無呼吸症候群の治療(CPAP療法など)を開始した糖尿病患者様において、以下のようなポジティブな変化が多く報告されています。
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インスリン感受性の改善: 「錆びついたドア」がスムーズに動くようになり、インスリンが効きやすくなる。
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ストレスホルモンの低下: 夜間の酸欠がなくなることで、血糖値を上げるホルモンの分泌が抑えられる。
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HbA1cの低下: 結果として、長期的な血糖コントロールの指標が改善に向かう。
「薬を増やすしかない」と諦める前に、まだ試せることがあるのです。
まとめ:その停滞期を打破するために
糖尿病の治療において、食事と運動はもちろん重要です。 しかし、それらが「車の両輪」だとしたら、睡眠は車体を支える「シャーシ(土台)」です。土台が歪んでいては、いくらエンジンをふかしても車は前に進みません。
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十分な睡眠時間を確保する
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睡眠の「質」を疑う(いびき、無呼吸がないかチェックする)
この2つを取り入れることが、停滞している治療を前に進めるブレイクスルーになるかもしれません。
姫路駅前内科・糖尿病内科認知症クリニックでは、かかりつけの内科様とも連携し、糖尿病治療のサポートとしての「睡眠時無呼吸症候群検査」を行っています。 「もしかして?」と思われた方は、ぜひ一度ご相談ください。
参考文献
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日本糖尿病学会「科学的根拠に基づく糖尿病診療ガイドライン2019」
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Knutson KL, et al. Role of sleep duration and quality in the risk and severity of type 2 diabetes mellitus. Arch Intern Med. 2006.(睡眠の質と2型糖尿病の重症度との関連)
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Tasali E, et al. Obstructive sleep apnea and type 2 diabetes: interacting epidemics. Chest. 2008.(SASと2型糖尿病の相互関係についてのレビュー)
